Keawaiki

Keawaiki





Kamehameha Schools Song Contest 2000 Freshman Coed .
Keawaiki (Arranged by Randie K. Fong) Class of 2003



 ほうら招待状だよ、Keawaikiからのね。
 訪ねると(そこには)、くつろぎと賑わいがあるんだ。
 そう、大勢集まってパーティとかさ。
 (それが)ハワイで生まれ育ったひと(のやりかたなのかな)。
 もう僕らみんな、きみのことが好きでたまらない。

 Eia la* he kono ua loa`a mai Keawaiki
 E kipa, e nanea, e ho`olaukanaka
 E pa*'ina ai ho'i me ia kini
 Keiki aloha a Hawai'i
 He punahele ho'i 'oe na ma*kou

 「ねぇ、みてみて、招待状が届いたんだ!」みたいな感じで、いまにも小躍りせんばかりの勢いではじまる『Keawaiki』。そこで過ごす楽しい時間を思うと、もうそれだけでウキウキしてくる、そんなKeawaikiのようですが、いったいどういう場所なんでしょうか……。
 Keawaikiは、ハワイ島北西部、North Konaにある海辺の場所で、Helen Desha Beamer(1882-1952)がこの歌を作った1942年当時はFrancis Hyde 'I*'i* Brownによって所有されていました。彼は、1926~1931年にかけて、Keawaiki Bay周辺に15エーカー(甲子園球場の約1.5倍)の土地を購入し、自身のための家やゲストのための宿泊施設などを整備したようです。彼のメインの住居はオアフ島にありましたが、'I*'i* Brownは多くの時間をこのKeawaikiの家で過ごしたとのこと……どう考えても、そうとう余裕がないとできないことではあります。
 そんな'I*'i* Brownとはどんな人物だったかというと……1892年ホノルル生まれ。メインランドでの学生生活を経て、第一次世界大戦中は救護隊のドライバーとしてフランスに従軍*。1919年にホノルルで結婚し、その後、野球、水泳、テニス、ポロ、ゴルフといったさまざまなスポーツにのめりこみ、ハワイのアマチュアゴルフコンペでは9回優勝……と相当なアスリートだったようです。ゴルフプレーヤーとしては世界的にも有名だったようで、1924年にスコットランド、1927年にはカリフォルニアで記録を残しています。その一方で、1924年にハワイ議会の代議士に選ばれたのを皮切りに、政治家としての活動も本格化したといいますから、どう考えても活躍の仕方が半端じゃありません。しかも、Keawaikiの土地を購入しているのは34歳のときですから、若くして大富豪でもあったなんて……そんな豪快な生き方を可能にしたのは、彼の祖先がKamehameha一世に仕えるひとだったことなど、王族との関係が深い家柄のもとに生まれたことが大きかったと思われます**。

 (そこは)ホントにすてきなところでさ、
 その心地よさといったらもうピカイチ、(しかも)海に面してたりする家なんだけれども、
 そんないい所にきみは住んでるんだもんね。
 (それが)ハワイで生まれ育ったひと(の暮らしなのかな)。
 ともかく、僕らみんなきみのことが大好きなんだ。

 He nani a he 'olu'olu 'i'o no*
 Ia home i ka 'ae kai
 I laila 'oe e ola ai
 Keiki aloha a Hawai'i
 He punahele ho'i 'oe na ma*kou

 こんなふうに、とにかく夢の国のように歌われているKeawaikiですが、そのほん北側のあたりはMaunaloaの噴火(1859年)によって溶岩流に覆われた土地でもあり、その美しさは、活火山を有するハワイ島の厳しさゆえのものでもありました。溶岩におおわれた土地を背景に、そこだけは生い茂る緑に囲まれて、700本はあるかと思われるヤシの木陰と砂まじりの溶岩、古代のハワイアンが残したfish pond(養魚場)に、溶岩流にのみこまれたheiauの遺構***……そんな、自然が大地に残した痕跡から、欧米化する以前のハワイアンの暮らしまでが刻まれたKeawaikiに、'I*'i* Brownは、住居やゲストハウス、そして使用人のための家も含めた4つのmain houseと、その他、家畜を飼う小屋をはじめ、大小さまざまな建物からなる施設を整備しました。1920年代の終わりに建てられたこれらの建物は、その周辺にある溶岩から切り出された石材を多用して作られたらしいのですが、その理由は、その当時、なんとKeawaikiには、船で行くしか交通手段がなかったためだとか****……つまり、建材を現地調達するのが賢明と判断したわけですね。「ke awa iki」(narrow path、狭い通路)というKeawaikiの名前の由来は、そのあたりの地理的要因からくるのかもしれません。
 『Keawaiki』でも歌われているように、Keawaikiの家は、'I*'i* Brownがバカンスを過ごす場所であるとともに、当時のハワイの上流階級層が大勢訪れる、華やかな社交の場でもありました。彼の経歴から考えると、多くのスポーツ選手から政治家まで、あらゆる業界で活躍するひとびとが集まる交流の場が、つねにそこにはあったものと思われます。そう、招待状が来る来ないにかかわらず、その名を聞くだけでだれもがあこがれをいだく時代のアイコンでもあったのが、このKeawaikiだったのではないかと想像しています*****。
 そんなKeawaikiですが、1941年ごろには、第二次世界大戦の影響のもと、かつての華やかさは失われ、'I*'i* Brown自身もKeawaikiを甥に売却し、メインランドに移住したようです。ということは、Helen Desha Beamerが『Keawaiki』を作ったころは、もうその最盛期を過ぎたころだったわけですね。だとすると、かつてはハワイのひとびとにとってのあこがれ(he punahele)であった'I*'i* Brown、生粋のハワイ人(keiki aloha a Hawai’i)と歌われた彼を中心にひろがっていた交流の場、溶岩に囲まれた陸の孤島にありながら、古きよきハワイの空気とともにあったオアシスのようなKeawaiki―そんな、Keawaikiをめぐるハワイのひとびとの思いが、限られた歌詞にギュッと込められているのが、この『Keawaiki』ではないかと思えてくるんですね。失われたKeawaikiの記憶を、ときおりハワイのひとびとのなかによみがえらせてきたであろう『Keawaiki』―もう、だれのもとにも届くことはないKeawaikiからの招待状も、この歌を口ずさむひとだけは、いまも手にすることができるのかもしれません。

*:このとき'I*'i* Brown は、フランス政府からCroix de Guere(勲章の一種)を与えられています。第一次世界大戦では、連合国軍側に賛同する文人をはじめ、多くの一般人が救護隊のドライバーとして従軍したようです。
**:'I*'i* Brownは、Irene Kahalelaukoa 'I*'i*とChales Augustus Brownという、ハワイアンの母と白人の父のもとに生を受けた人物です。彼はこの両親から莫大な土地財産を相続しますが、そんな彼の境遇も、もとをたどれば、彼の祖父であるJohn Papa 'I*'i*(1800-1870)がKamehameha二世(Liholiho)に、その叔父であるPapa 'I*'i*もKamehameha一世に仕えるなど、王族との関係が深い家系にルーツをもつことによるものと思われます。なお、'I*'i* Browが相続した土地は、John 'I*'i* Estateという財団に委託され、'I*'i* Brown自身はそのマネージャーのひとりとして管理にあたったようです。
***:Keawaikiの北側のあたりは、1859年のMaunaloaの噴火によって溶岩流に覆われたようです。そこにあったheiau(古代のハワイのひとびとが祭祀などを行った場所)も、その祭に破壊されたとされています。
****:その状況は、道路が整備される1970年代はじめまで続いたようです。
*****:ハワイ出身のオリンピックメダリストとして有名な水泳選手、Duku Kahanamokuが、彼のハネムーンをKeawaikiで過ごし、Keawaikiのプールのデザインにも関わっているようです。

参考文献
John Papa 'I*'i*: Fragments of Hawaiian history. Honolulu, Bishop Museum Press, 1959

Keawaikiについて
http://pdfhost.focus.nps.gov/docs/NRHP/Text/86001616.pdf


by Helen Desha Beamer, 1942
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コメント

tikiroa

踊っていて楽しくなる曲です。勝手に色々イメージしていたのですが、曲の背景がよくわかりました。詳しい解説、有り難うございます。

隙間のりりー

tikiroaさん
こちらこそ、ステキな曲を教えてもらってラッキーでした。

パーティに呼ばれて喜んでるのかと思ったら……違いますね。「Keiki aloha a Hawai'i」と歌われている、'I*'i* Browに対するハワイのひとびとの思いが重要なのだと思います。

Keawaikiは、いまでもその歴史的な重要性から景観を保護されているような特別な場所みたいです(調べきれていませんが)。
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隙間のりりー

フラダンサー&ミュージシャンを応援するハワイ語講師。
メレの世界を深く知るためのハワイ語を、わかりやすく解説します。