Piano Ahiahi

Piano Ahiahi





Halau Na Lei Hulu I Ka Wekiu performs live from SFJAZZ Center with Kuana Torres Kahele Band.



 たそがれ時にふと耳にしたあのピアノ、いったいどこから聞こえていたんだろう。
 (孤独な)夜に寄り添ってくれる、(心やさしい)友のようにも思えたあの調べは……。

 それはまるで、カタツムリの声のひそやかさを思わせるところがあった……。
 そう、明け方近くにかすかにひびく、やさしくも心ふるわせる鳴き声に……。

 ‘Auhea wale ‘oe e piano ahiahi
 Hoa ‘alo’alo o ke kulu aumoe?

 Ho’olono i ka leo o ke ka*huli
 Leo honehone i ka pili o ke ao

 弾むようなリズムと明るいメロディに、なにか最高にワクワクする気分がのっかっているように思われる『Piano Ahiahi』。底抜けに楽しい雰囲気をまき散らしているような勢いもありますが、歌われているのは、夕暮れ時にどこからともなく響いてきたという、かすかなピアノの調べのようです。しかも、カタツムリ(ハワイ語で「ka*huli」)の鳴き声にたとえられているところからすると、じゃんじゃん弾きまくっているというよりは、鍵盤をひとつ、またひとつと叩くような、ひっそりとした音色だったのかもしれません。もっとも、カタツムリの鳴き声といわれても、にわかには想像しがたいものがあるような……。というか、そもそもカタツムリって、鳴いたりするんでしょうか?
 生物学的にいえば、カタツムリは声を持たないとされている生き物です。ですが、なぜかハワイでは、昔からカタツムリはひとしれず鳴くと信じられてきたんだとか。そう、人間がまだ寝静まっている時間帯に、それと気づかれることもなくひっそりと……*。そんな、いわばイマジネーションのなかにしかない音にたとえられたピアノなわけですが、いったいどんな音を奏でていたんだろう?と思ってしまいます。

 (ピアノの調べは)僕ときみとで(はじめて)目にしたものを思い出させるところがある。
 そう、あの日、Nautilus号でみた鏡が、(キラキラ光りながら)驚きをふりまいていたこととか……。

 (ほかにも)Ma*’eli’eliの丘にみたあの光景、
 (オールドスタイルの)わらぶき家屋を、ぬうように雨が動いていたこととか……。

 ‘O ‘oe a’o wau kai ‘ike iho
 I ke aniani o ka moku Naukilo

 Aia i ka luna o Ma*’eli’eli
 Ka nene’e a ka ua Po*’aihale

 こんなふうに、このmeleは後半にいたって思わぬ展開をみせます。ピアノの音、カタツムリの鳴き声に続いて、なぜか船上で目にした鏡、そしてわらぶき小屋の集落が雨にぬれる風景へと**……まったく脈絡のないことばの連なりのようですが、おそらく作者にとっては、記憶のひきだしの同じ場所にしまってあるような、大切な思い出ばかりだったりするのかもしれません。そんなことを予感しつつ、このmeleの作者Pa*leaに、この歌を書かせたといわれているエピソードをたどってみたいと思います。
 ハワイ島はKa'u*出身の詩人であり、チャンター(詠唱者)でもあったPa*lea。その彼が、若いころにとある村へ出かけていって、はじめて耳にしたピアノに感動して作ったとされているのが、この『Piano Ahiahi』です。彼は、家に帰ってすぐにそのピアノの印象をoli(詠唱、chant)にしたようですから、よほど心うたれる体験だったのかもしれません。そして、彼のもうひとつの驚きの初体験、鏡のことを思い出したようなんですね。そう、Nautilus号の船内でみた、美しく輝く鏡のことを……鏡なんてあってあたりまえの日常からは想像もつきませんが、水に映る自分の姿しかみたことがないひとが鏡に出合ったのだとしたら、世界をそのみた通りのままに映し出す鏡は、そうとうの驚きであったと思われます。Pa*leaが1852年生まれであることからすると、おそらく19世紀後半のことだと思われますが、当時のハワイは、工業製品がそれほど身近にはなかったようですね。その一方で、というかそんな時代だったからこそ、世界はわたしたちには想像もつかないほど、驚きと感動に満ちあふれていたのかもしれません。

 この歌に込めた思いは伝わったでしょうか。
 (孤独な)夜に寄り添ってくれる、(やさしい)友のようにも思える調べに出合った感動が……。

 Ha’ina ‘ia mai ana ka puana
 Hoa `’alo’alo o ke kulu aumoe

 見知らぬものに驚いたり感動したりといったことは、多かれ少なかれあることですが、それをカタツムリが鳴く声にたとえる感性こそが、ハワイのひとびとのハワイ的なところなんだろうか……みたいなことを、ぼんやり考えはじめています。カタツムリは、みられているところでは物音ひとつ立てないけれど、ひとが寝静まっているころをみはからって美しい声を響かせている― 一見、なんてことのない素朴なファンタジーのようでいて、実は大切なことをさらりと言いあてているような気がするからです。そう、この世界には、わたしたちには知り得ないことがいっぱいあるということを……。
 人間の領域にはないものの存在を、わからないままにそれと了解してしまう、しなやかでおおらかな知のありかたみたいなものが顔をのぞかせている……そんなふうにも思ったりする『Piano Ahiahi』。少なくとも、ピアノの響きをカタツムリの声にたとえる感性を、わたしたちが持ち合わせていないことだけは確かかもしれません。そんなこんなで、世界を別の仕方でながめることを教えられたように思うとともに、わたしにとっては記念すべき初体験ともいえる、特別なmeleになったような気がしています。

*:ハワイ語では、カタツムリが詩的に語られるときに、「pu*pu*-kani-oe」(長く声を響かせる貝)と表現されることもあるようです。
**:Ma*’eli’eliは、ハワイ島の南側、Ka'u*地域の西の端に位置するWaiohinuにある丘の名称です。その溶岩が冷えて固まった斜面には、ハワイのオールドスタイルのわら葺の集落がみられたようですが、その家々をぬうように雨が移動していくのが見えたということは、陸地から少し離れた海上からながめていたのではないかと思われます。小さな雨雲が、風に流されていたのでしょうか……、見慣れているはずの島の風景も、船の上からながめるとまったく違って見えたのかもしれません。

by Pa*lea Kuluwaimaka
 
参考文献
Pukui MK, Korn AL: The eco of our song. Honolulu, The University of Hawaii Pres, 1973, pp106-108
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隙間のりりー

フラダンサー&ミュージシャンを応援するハワイ語講師。
メレの世界を深く知るためのハワイ語を、わかりやすく解説します。