E O* Mai

E O* Mai





 僕たち二人、(こうして)水のなか。
 (絶え間なく打ち寄せる波のように)ささやく、あのKahualoaの水にもまれ(るように)。
 そう、ときに強烈な水の流れに押し戻されもしながら。
 (それでも)いとしいひとよ、こたえてくれないか……。
 
 Ka*ua i ka wai
 Wai olohia o Kahualoa
 Koko*hi i ka wai puhia
 E ku'u aloha, e o* mai

 「Ka*ua i ka wai」(私たちふたりは水のなかにいる)なんて、まるで二人してダイビングでもしているような描写からはじまる『E O* Mai』。「Wai olohia」(繰り返し、あるいは持続的に音を立てる水)は、なんとなく波打つ大海原を思わせますが、「水の流れに押しやられる」(koko*hi i ka wai puhia)といった表現も、海のなかで激しい流れに身をまかせながら、お互いにパントマイムで思いを伝えるしかないような、不自由でどこかもどかしい、そんな二人の姿が目に浮かぶように思われます。
 この楽曲が収められたCDアルバム『E O* Mai』に記されている、おそらく作者自身によるものと思われるコメントによると、この歌に登場するさまざまな表情を持つ水(wai)は、人間関係を作り上げていく感情や行動のメタファーであるといいます。というわけで、まずは水中にただよう状況からイメージをふくらませてみると……二人は水によってつながり、同じ大きなものに包まれていると同時に悲しいまでに隔てられてもいる……といったところでしょうか。物理的に切ることができないばかりか、そもそもつながってもいないと同時に、なぜか「全体」を成すものでもある水。そんな水という存在の不思議さを思うと、水ほど人間関係の暗喩にふさわしいものはないようにも思えてきます。関係のはじまりであることばや行為が、両者をつなぐというよりも、まずはその徹底的な差異を際立たせるものでもあることを思えば……。

 (そんな阻む)水を押しやると、
 胸のうちに、わき上がる水(のような思い)があふれるように満ちてくる。
 (さぁ)きらめき惑わせもする水のなかを、すべるように進んでもみようか。
 (そしてまた)いとしいひとよ(と呼びかけてみる)。そう、あなたがこたえてくれるのを心待ちにしながら……。

 Kaomi i ka wai
 Wai ma*puna ha*'ale i ka poli
 Pahe'e i ka wai lohia
 E ku'u aloha, e o* mai

 このバースの「wai ma*puna」(わきあがる泉)は、波のように押し寄せる感情をたとえる表現でもあります。そして、これに続く「wai lohia」(きらめく水)は、こころ酔わせる飲み物を表しもするようです。もしかすると、二人を隔てる水(こころのわだかまり?)を取り払い(kaomi)、これまでとは別の、あるいはなにか特別な仕方でつながろうとしているのでしょうか……。
 
 さぁ、水のなかで解き放たれて、
 この熱い水(のような思い)に包まれ、肌もひりひりと燃えるよう。
 思いのままに、そう満ち足りるまで飲み干す(水は格別なもの)。
 いとしいひとよ、僕の思いは届いたでしょうか……。

 Pu*hemo i ka wai
 Wai welawela ho*'eha i ka ili
 E inu i ka wai a kena
 E ku'u aloha, e o* mai

 二人を隔てていたものから自由になって(puhemo)、熱く燃えるがままの水(wai welawela)のような勢いに包まれ、肌もひりひりと焼け付くよう(ho*'eha i ka ili)……この部分は、ことばのやりとりというよりも、一線を越えた二人のあいだだけにある、熱くむせかえるようなある行為―おそらく愛の営みが表現されているのではないかと思われます。さぁ、渇いたのどをうるおすように飲んで(e inu i ka wai a kena)、思う存分満たされよう……そうしてまた、いとしいひとに呼びかけるわけですが(e ku'u aloha)、いくら近づいても、というか、近づけば近づくほどにそれと感じてしまうのが、おそらく相手との絶対的な隔たりでもあるんですね。そうしてひとは、永遠にこのことばを繰り返すことになるのかもしれません。ねぇきみ、どうか(ぼくの呼びかけに)答えてくれないか(e o* mai)と……。

by Keali'i Reichel
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隙間のりりー

フラダンサー&ミュージシャンを応援するハワイ語講師。
メレの世界を深く知るためのハワイ語を、わかりやすく解説します。