Kāua i ka wai Wai olohia o Kahualoa Kokōhi i ka wai puhia E kuʻu aloha, e ō mai
「Kāua i ka wai」(私たちふたりは水のなかにいる)なんて、まるで二人してダイビングでもしているような描写からはじまる『E Ō Mai』。「Wai olohia」(繰り返し、あるいは持続的に音を立てる水)は、なんとなく波打つ大海原を思わせますが、「水の流れに押しやられる」(kokōhi i ka wai puhia)といった表現も、海のなかで激しい流れに身をまかせながら、お互いにパントマイムで思いを伝えるしかないような、不自由でどこかもどかしい、そんな二人の姿が目に浮かぶように思われます。 この楽曲が収められたCDアルバム『E Ō Mai』に記されている、おそらく作者自身によるものと思われるコメントによると、この歌に登場するさまざまな表情を持つ水(wai)は、人間関係を作り上げていく感情や行動のメタファーであるといいます。というわけで、まずは水中にただよう状況からイメージをふくらませてみると……二人は水によってつながり、同じ大きなものに包まれていると同時に悲しいまでに隔てられてもいる……といったところでしょうか。物理的に切ることができないばかりか、そもそもつながってもいないと同時に、なぜか「全体」を成すものでもある水。そんな水という存在の不思議さを思うと、水ほど人間関係の暗喩にふさわしいものはないようにも思えてきます。関係のはじまりであることばや行為が、両者をつなぐというよりも、まずはその徹底的な差異を際立たせるものでもあることを思えば……。
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