Ka Manu

Ka Manu





Ka Manu live from Hilo with guest hula from Keauali'iomailani Victoria De Sa
Kuana Torres Kahele Band featuring Ioane Burns and Glenn Mayeda



 お~い、鳥さんよ。
 (きみは)あのこころも凍るウワサ話をひろめた張本人なんだろ。
 
 (でも)そんなウワサなんて、なんとも思ってやしないさ。
 (そう、だからこうして)こころのなかで、ずっとずっと(あのひとを)求め続けているのさ。

 (あぁでも、)いったい誰がきみを連れ出せるっていうんだ!
 芽吹いたばかりのlehuaみたいで(繊細な)きみを……。

 'Auhea wale 'oe e ka manu
 Ku'u hoa 'alo leo o ka po* anu

 Mea 'ole ia anu a i ka mana'o
 Ke ko'i'i koi mau a ka pu'uwai

 Na wai no* 'oe e pakele aku
 Ua like me ka liko a'o ka lehua

 淡々と物語を語るような飾らないメロディと、シンプルなリズムの刻みが印象的な『Ka Manu』。ハワイ語のmeleの冒頭に歌われることが多い「'auhea wale 'oe」(listen、聞いてください〔という呼びかけのフレーズ〕)は、たいてい愛するひとへ向けられるものだったりしますが、なぜかここでは「e ka manu」と鳥(ka manu)に向けてことばが投げかけられているようです*。しかも、こころも凍る「冷たい夜の声」(leo o ka po* anu)、つまり、こころないウワサを触れ回ったのはおまえだろう!と詰め寄っているような感じもありますね。と同時に、そんなことはたいしたことじゃない(mea 'ole)といい放ってもいて、その複雑な胸中がうかがわれるのですが、どうも胸に秘めた(a ka pu'uwai)募る思いがあるようです(ke ko'i'i koi mau)。そして、具体的なことはわからないながらも、このだれかをいらだたせる状況があることも伝わってくるような……。そして、そのあたりが決定的に思われるのは、「誰がきみを逃れさせることができるっていうんだ」(na wai no* 'oe e pakele aku)と、やや強い口調で語られる部分でしょうか。そして、ここであなた('oe)と語られているひとは、「芽吹いたばかりのlehua」(ka liko a'o ka lehua)のようだと語られてもいて、その誰かが、特別な思いを寄せているそのひとであろうこともうかがえます。
 
 (あの麗しい)lehuaの姿こそ、わたしが愛したあなたの面影そのもの。
 東のかなたでゆれながら、(この上ない)美しさで手招きするような……。

 さぁ、口づけしようよ、ねぇ、きみ……。
 ほら、lehuaの花も霧にぬれているじゃないか。

 待って!急いでこっちに向かって来ちゃいけない。
 Maileの葉のゆらぎ(のような熱い思い)はもうないわけだし……。
 
 Ka maka o ka lehua ka mea aloha
 Ka wehi hou mai ma ka hikina

 E honi ka*ua e ke aloha
 Ke noe mai nei ka pua lehua

 Alia 'oe a'e pu*lale mai
 A hala o maile lau kapalili

 前半で「lehuaの新芽」(ka liko a'o ka lehua)と呼ばれていたひとのことを、ここでは「lehuaの花の姿」(ka maka o ka lehua)と呼び、そのひとこそが「愛するひと」(ka mea aloha)なのだと語られています。今回、『Ka Manu』を読むにあたって参考にした、Kuana Torresさんのアルバムの解説によると、この歌はHawai'i 島西部に位置するKohalaに住む男性と、同じくHawai'i 島の東部のまちHiloに住む女性との、悲恋の物語が歌われているんだとか。だとすると、Kohalaにいる彼が、東のHiloに住む彼女のことを、東の地で(ma ka hikina)こちらに向けて美しさで手招きしているよう(ka wehi hou mai)なんて思ってしまうのも、なるほどなぁって感じ……そう、おそらく、四六時中彼女のことを思いながら、彼の意識は東へ、東へと向かっているわけですね。そして、気分はもう「(ぼくたちふたり)キスしようよ」(e honi ka*ua)なのですが、このあとに続く「alia 'oe」(Stop!、急がないで)という下りを読むと、思いのままに行動できないなにかが、ふたりの間に立ちふさがっていることもうかがえます。解説によると女性側の両親にふたりの仲を反対されてのことだといいますから、おそらく思いを断ち切れないまま別れるにいたったのでしょうか。その一方で、「maileの葉が揺れることもない」(hala o maile lau kapalili)というくだりは、葉が揺れるように気持ちが高揚することもない、という意味にも読めます。永遠に続くかと思われた情熱も、その熱さゆえに、それがあきらめに変わったときの絶望の深さといったらない、といったところでしょうか……。

 船乗りの気持ちっていうのは、(こんなふうに)欲望にかられているものなのかな……。
 大海原のまんなかに、ぽっかりあいた穴みたいな感じで。

 (でも)ぼくの気持ちはもう整理がついたんだ。
 美しい鳥の羽のleiのように、そうあの黄色い羽の連なりのように……。

 (ところで、あの)Nihoa島から伝わる歌はよく知られてるよね。
 Ka*ne'oheとPohoikiのカップルの話さ。

 He lili ka mana'o o ke kapena
 Na'ale po'ipu* a'o ka moana

 Ua ana pono 'ia ko'u mana'o
 E ka lei hulu nani hulu melemele

 He mele kaulana no Nihoa
 Ua hui Ka*ne'ohe me Pohoiki

 大海原のまんなかに、ぽっかりあいた深淵(na'ale po'ipu* a'o ka moana)。それは、おだやかな水面からは想像もできないほどに深く、なにもかものみ込んでしまう負のエネルギーに満ちた世界に違いありません。そう、表向きは平静をよそおっている彼が、こころのなかでは思いを断ち切れずにいるように……。「もうこころの整理はついている」(ua ana pono 'ia ko'u mana'o)なんて歌われていますが、『Ka Manu』を歌っていること自体、彼女のことを忘れられずにいる証拠でもあるわけですね。というか、歌にして思いを表出していることが、なによりもこころの整理だったりするでしょうか……。ここで、彼が思いをつむいだことばのleiでもあるといえる『Ka Manu』(文字通りの意味は「The Bird」)が、上の歌詞に含まれる「美しく黄色い羽をつないだlei」のことだと考えると、歌に込められた別の意味合いがみえてくるように思われます。そう、彼がつなげたと歌われる黄色い鳥の羽は、比喩的には冒頭で「おまえたちがこころないウワサをひろめたんだろう」と詰め寄っていた鳥(ウワサを触れ回ったひとたち)のものであり、彼らのこころないことばの数々でもあるのではないかと思うんですね。ホントウにleiにして身に付けていたかったのは、Hiloに住む美しいlehua(つまり、彼女)だったのに……。

 こういう歌なんだよ、もうわかってくれたよね。
 つらい気持ちのまま、ぼくたちふたりはお別れするし'かないのさ。

 (Hui)
 芽吹いたばかりのlehuaであり、咲き誇るlehuaでもあるきみと、
 (そのきみをあきらめた)美しい羽のlei、その黄色い羽(のようなぼくの思いの切なさといったら)……。

 Ha'ina 'ia mai ana ka puana
 Goodbye ka*ua me ka 'eha'eha

 Hui
 Ka liko lehua a* ka maka lehua
 Ka lei hulu nani, hulu melemele

 最後に訳詞をつけた「hui」(繰り返し)の部分は、近年になって、Johnny Lum Hoが原曲に付け加えた歌詞なんだと言います。こうして次の世代へと受け継がれていくトラディショナルソングは、読み人知らずになっても、というか、誰が歌ったかがわからなくなるほどの年月を経ることで、誰もがそれとわかるこころのひだを表現しながら、未来へと歌い継がれていくものなのかもしれません。
 
traditional

*:「E~」という連なりで、「e」に続く誰かへの呼びかけのことばになります。
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隙間のりりー

フラダンサー&ミュージシャンを応援するハワイ語講師。
メレの世界を深く知るためのハワイ語を、わかりやすく解説します。