Adios Ke Aloha

Adios Ke Aloha







 静まり返った夜にこそふさわしい、ぼくの大切なひと。
 (あなたはまるで)月の光がそっと連れてくる気配のよう。
 そしていま、その雰囲気がただようのを感じている。
 いつになったら、(ぼくの思いは)きみに届くんだろう?って気分で……。

 E ku'u belle o ka po* la'ila'i
 Ka lalawe ma*lie a ka mahina
 Ko*aniani mai nei e ke ahe
 A*hea 'oe e ho'olono mai?

 (hui)
 ねぇ、いったい、いつになったら、
 この思いはきみに届くんだろう?
 こんなに切なくひびく(歌声のような)思いは……。
 アディオス、アディオス、愛するひと。

 A*hea 'oe, a*hea 'oe
 'Oe e ho'olono mai?
 I nei leo nahenahe
 Adios, adios ke aloha

 しなやかに流れるメロディと繊細なことば運びが、愛するそのひとを大切に思う気持ちそのもののようにこころに響く『Adios Ke Aloha』。「いつになったら……?」(A*hea 'oe……?)の繰り返しが、絶望的に行き場のない思いを増幅させながら、それでも歌うような声(leo nahenahe)で投げかけることばが「adios」(さようなら)だなんて……と思ってしまいますが、永遠に届かない手紙のピリオドは、別れのことばしかないんですね。そんな思いを抱えながら物思いにふける夜の、なんともわびしい気分だけがただよっているような印象が、この歌にはあります。美しすぎる月夜の晩に、いとしいひとを思いながらただひとり夜空をながめていると、夜のしずけささえあのひとの気配に思えてしまうんでしょうか……ひりひりする胸の痛みまで、こちらに伝わってくるような気がしてきます。

 胸が痛んでもきみを思っていたい。
 愛するきみ、この思いに気づいてくれないか。
 Kiuの風にうながされ、
 山深い彼(か)の地も冷たく雨に包まれてしまった……。

 E ka hau'oli 'iniki pu'uwai
 E ke aloha e maliu mai 'oe
 Ke ho'olale mai nei e ke Kiu
 Ua anu ka wao i ka ua

 「こころの痛み」('iniki pu'uwai)も喜びに思える……そう、どんなにつらくても、愛するひとのことを思うひとときは、やっぱり幸せ(ka hau'oli)なのかもしれません。ですが、「ぼくの気持ちに気づいて!」(e maliu mai 'oe)というこころの叫びとともにながめる世界には、ひとけのない寒々とした風景が広がっているだけ。それでも、そのはるか遠く手の届かない場所にこそ、あなたがいるかもしれない……と思いながら歌うんでしょうか*。たとえあなたの姿は見えなくても、私の声があなたに届かなくても。

 一度だけでいい、恵みのしずくのような口づけがあれば(この思いも)はれるのに。
 やさしく肌を包む霧のように美しいきみ。
 いとしいひとよ、私はここにいる。
 (とはいえ、きみを)さがし求めたところで、空をつかむだけなのだけれど……。

 Ho'okahi kiss dew drops he ma'u* ia
 E ka belle o ka noe li*hau
 Eia au la* e ke aloha
 Ke huli ho'i nei me ka neo

 「一度だけのキス」(ho'okahi kiss)が「恵みのしずく」(dew drops)であり、なにもかもリフレッシュさせてくれるものでもある(he ma'u*)……。先のバースで山々をぬらしていた雨(ka ua)に続くこの描写では、やさしくからだを包んでくれるミストの感触に、彼女にふれたときに感じるであろうやすらぎみたいなものが重ね合わされているようです。そして、思わず叫ぶんですね、「ぼくはここにいます」(eia au la*)と……でも、そのやわらかなもやを手でつかむことはできない。確かにそこにあることを感じているのに。そう、あなたの気配はそこらじゅうにただよっているけれど、いくら手を伸ばしても空をつかむだけ(me ka neo)。そして、このやりきれない思いの切なさをいっそうかき立てる「adios」の響き……とどめを刺すようなせりふではありますが、この外来語にはりついた、さよならする対象との距離感が、多少の軽やかさを演出しているように思われることがせめてもの救いでしょうか。
 この歌を作ったLeleio*hoku William Pitt(1854-1877)は、きょうだいであるKala*kaua王、Likelike女王、Lili'uokalani女王とともに、美しい楽曲を残したことで知られている王族のひとりです。外国からやってきた船乗り、商人や移住者といった、外国文化をハワイに運んできたひとたちをテーマにすることが多かったというLeleio*hoku。そして、この『Adios Ke Aloha』は、ハワイにカウボーイの技術を伝えるためにやってきた、スペイン系のメキシコ人をイメージして作られたようです。ハワイ語の連なりのなかに、やや唐突な仕方で「Adios」が登場するのは、そういうわけなんですね。ほかにも、「belle」(美しいひと、フランス語起源の英語)や「dew drops」といったことばが登場しますが、歌詞に外国語を使うなどしておしゃれで知的な雰囲気に仕上げる作風は、当時流行していたスタイルのひとつでもあったようです。
 こんなに美しく、繊細な恋の歌を作ったLeleio*hokuは、いったいどんなひととどんな恋愛を経験したんだろう?なんてことをつい想像してしまいますが、彼は残念ながら享年23歳と短命で、燃えるような恋も道なかばのままこの世を去ったのではないか……なんてことを思ったりもします。もしそうだとすると、それこそ「adios」(さようなら)で終わるしかなかった恋だってあったかもしれませんが、そう思うと、その切なさがいっそう心にしみる『Adios Ke Aloha』。Leleio*hokuが歌に込めた全身全霊のふるえを感じながら、短かったけれども熱く生きた、そんなひとだったのではないかと想像しています。

参考文献
Kanaheke: Hawaiin Music and musicians-an ilustrated history. Honolulu, University of Hawaii Press, pp224-225, 1979

*:「Wao」は、山がちの土地をあらわすことばですが、多くの場合、ひとが住まないエリアを指すようです。
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コメント

バニラ

懐かしい曲です。
OUCで、習った事を思いだしました。
切なさがいいんですね~♪
アディオス、アディオス…

隙間のりりー

OUC!!
バニラさん

さっそくコメントありがとうございます!
そうですか、習いはったんですね~。
またカンレレでも聴かせてください。
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隙間のりりー

フラダンサー&ミュージシャンを応援するハワイ語講師。
メレの世界を深く知るためのハワイ語を、わかりやすく解説します。