見上げるきみは、どこか遠くへ思いをはせているよう。
そんなきみが(いまも)僕を呼ぶ声が聞こえる。
(だから)よせては返す波が、きっときみを連れ戻してくれる(ように思えてくるんだ)。
Nānā i luna
Hoʻolale ʻia ʻoe i ka 'āina 'ē
Hea ʻoe iaʻu
Na ka ʻale o ke kai e hoʻihoʻi mai
僕のきみへの思いをたくす花。
それは、いままさに開かんとする(永遠の)花。
He pua lei ka'u iā 'oe
He pua lei e mohala mai nei
誰かに届けたい大切な思いの象徴として語られることが多いleiですが、その宛先がもうこの世界のどこでもない限り、いま花開く(e mohala mai nei)というよりも、「永遠のいま」を生き続けるような花こそふさわしいのではないか……そんなことを思いながら訳してみました。もっといえば、なによりも「he pua lei」の繰り返しに、丸く連なったleiよりも、leiにする花ひとつひとつが感じられるあたりも重要ではないかと思ったりします。というのも、きっとこの歌の「わたし」は、あなたへの思いをつむぐように、ひとつ、またひとつ花を手にとっては、決して完成することのないleiを編み続けるに違いないのですから……。
『Kaʻa Nā ʻAle』(words by Līhau Paik ※Kuana Torres Kahele)について、zoomオンライン講座で解説しています。アーカイブ(録画)による受講のご案内は、こちらをご覧ください。
http://sukimano.com/blog-entry-650.html
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2015/10/28 編集