いきなり、「私はあなたが大好きなんだ」(aloha au ia* ‘oe)なんて直接的な表現で、Moloka’i島への思いが語られる『‘Aina O Moloka’i 』。Moloka’i島は、Maui島の北西側に位置する、ハワイで5番目の大きさの島。東西方向に38マイル、南北に10マイルという細長い印象の島で、261平方マイル(670平方キロメートル)という広さはほぼ琵琶湖の大きさにあたり、淡路島よりひとまわり小さい島をイメージしてもよさそうです。おおむね西側半分に雨が少ない乾燥地、東側に雨が多く緑豊かな土地が広がっているのですが、この歌では島の東側がたどられています。 いまも50年前のハワイの暮らしがみられるほど、開発の波から取り残されているMoloka’i島。そんな島の状況からすると、その島に訪れる旅人が(po’e malihini)、そこで心ひらかれ(me ka pu’wai ha*mama)楽しむといっても、おそらく、観光地化されたエリアに観光客がおしよせる、O’ahu島あたりの状況とは様子が異なるものと思われます。それに加えて、人口は約7,000人と少ないながら、ハワイの島々のなかでも、Ni'ihau島に次いでネイティブハワイアンの血を引くひとの割合が高い島でもあります。そんなことを考えあわせると、きっとほかの島では味わえない、素朴で飾らないもてなしが体験できるのかも……なんて想像もふくらみますが、ともあれ、近年の島の事情をたどってみると……島の主要産業のひとつだったパイナップル農場が閉鎖されることになったのを期に、さまざまな開発計画が持ち上がったのが1982年のこと。ですが、残念ながらいずれも計画倒れに終わり、唯一立ち上がった観光地化のプロジェクトもうまくいかず、6つ計画されていたホテルのうち開業したのはひとつだけ。しかも、そのホテルもほどなく閉鎖されるなど、観光客を呼び込むまでにはいたらなかったようです。その後、1940年には島最大の牧場を経営するMoloka’i Ranchによる大々的な開発計画がスタートするのですが、これもあえなく頓挫。そんななか、近年、脚光をあびるeco tourismに特化することで観光地化をめざすとともに、島の西部の中心地、Maunaloaの宅地開発はある程度進みつつあるようです。 そして、この歌では、そんな遅々とした変化にも無縁の、島の東側が歌われています。だとすると、島を訪れる旅人たちを迎えてくれるのは、なにより空と大地と雲と虹……みたいな、人間がいてもいなくても存在してきた、自然そのものだったりするのかもしれません。
Kainaluは、先に歌われたHaka’a’ano があるHa*lawa渓谷の南側にある海沿いのまち。Ha*lawaでも、Kainaluは車でアクセス可能なので、「he wahi mehameha」(孤独な場所)と呼ばれたWailauあたりにいるときとは、かなり気分が違うかもしれません**。また、絶壁が続く島の北側とは異なり、南側のKainaluには長い砂浜も続いていて、水泳やシュノーケリングも楽しめるようです。「Li*poaの香りが」(ke ‘ala o ka li*poa)、「香っている」(e moani nei)という描写からも、波の穏やかな海辺の風景が想像されます。
最後に歌われるKalaupapaは、島の北側のほぼ中央あたりに突き出た半島の名前。現在でこそ車での移動が可能ですが***、かつては海からせアクセスするしかない陸の孤島でした。そんな地勢的な事情もあって、Kalaupapaは、1969年に法律が廃止されるまでの約100年間、ハンセン氏病のひとびとが隔離された集落があったところでもあります****。 そんな隔離の歴史が示すように、昔からほかの島に比べて、人の移動が極端に困難だったことがうかがえるMoloka'i島。現在も、公共交通機関はなく移動は徒歩か車ですが、島には信号機も駐車メーターもないというから驚きです。交通量が極端に少ないためですが、逆にほかの島よりもリラックスして運転できる状況ではあるようです。 見わたす限り続く海と空、流れる雲、そして、静かにそびえる峰々……『‘Aina O Moloka’i 』に描かれる風景をたどっていると、視界のなかにほぼ人工物がゼロみたいな世界が目に浮かびます。そして、思うんですね、そこに広がる「‘aina」は、場所とも土地とも訳せない、どこまでもひとの手をすりぬけ、ことばを超えて存在するなにものかに違いないと……。『‘Aina O Moloka’i 』の、くもりなく無邪気過ぎるほど素朴なメロディは、ハワイのひとびとにとって生きることがまさに食べる('ai)ことであったころ、日々の生活が、大地とそれに向けた祈りとともにあった時代の空気そのものなのかもしれません。
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