切れのいいメロディにピタッとはまるハワイ語の心地よさが、ラップミュージックみたいなノリのよさでこころに響く『E Na* Kini』。なにより軽快な手拍子が印象的で、「さぁ、みんな」(e na* kini~)という呼びかけに合わせて、思い思いにからだをゆさぶり踊る聴衆が目に浮かぶ、そんな臨場感あふれる楽曲です。もっとも、「みんな」と呼びかけられるひとびとは「ハワイアンの子孫たち」(na* mamo 'o Hawai'i)に限定されており、彼らへの呼びかけも、終始、「立ち上がれ」(e ala mai)だったりして、どうもお祭り気分で軽く歌ってみたというのではなさそうです。そして、そのあたりがさらにうかがえるのが、「若者よ、前進だ!そして、困難を乗り越えるんだ」(i mua e na* po*ki'i a inu i ka wai 'awa'awa)と訳したかなり勇ましいフレーズ。これは、19世紀初頭にHawai'iの島々を国家として統一したKamehameha一世が、その戦いの過程で兵士たちに呼びかけたとされる有名なことば。しかも、それに続いて「負けるな!」(文字通りには「勝利が続きますように」、e mau ka lanakila)とあるところからすると、ハワイのひとびとが幾多の困難や犠牲の末にひとつになった建国にまつわる記憶を呼び覚ますことで、「勝利」といえるものを実現しようという、なにか大きな志が語られているようにも思われます。
このhuiの部分では、「pono」ということばが何度も繰り返されていて、先のバースで「立ち上がれ」(e ala mai)と呼びかけられたのは、なにより「ponoのために戦う」(paio no ka pono)ためであったことが表明されています。 「Pono」について、とりあえず「正義」「正しさ」と訳していますが、問題はいうまでもなく、なにをもって正しいとするかということ。そして、そのあたりの「価値観」の部分を考える手がかりになると思われるのが、「ua mau ke 'ea o ka 'a*ina i ka pono」という、Kamehameha三世が残したとされることばが引用されている箇所。「大地の命は、正しさのなかでこそ永続する」くらいの意味ですが、注目すべきだと思うのは、「pono」にはなにより全体としてのバランスがとれているという意味合いがあること。つまり、Kamehameha三世のことばには、調和のなかでこそ永続する(ua mau)のが命('ea)であり、そうして生きとし生けるものが幸福に住まう状態が本来の「'a*ina」の姿であるという、命と世界との関係が語られているんですね。また、この「'a*ina」は、単に大地というのではなく、海も陸地もすべてを含むこの世界を指していること、そして、生物が食べる('ai)ことでつながる命の源が「'a*ina」であるという含みがある点も重要ではないかと思われます。こんなふうに「pono」および「'a*ina」のイメージをふくらませてみると、ここで問題になっているのは、人間の都合だけで選ばれる正しさ、たとえば政治の世界での正義といった狭い意味ではないようにも思えてきます。そう、もっと大きな宇宙的スケールで、この世界をまるごと持続させる、人知を超えた正しさみたいなものが求められているのではないかと……。
ここでは、ハワイの島々に暮らすひとびとへの呼びかけが、島そのものへのそれとして表現されています。そして、先のバースでは「e na* kini(みんな)」と呼びかけられていたところが、「e na* mano kini a lehu」となっていて、mano(4,000)がkini(40,000)になって、いつかlehu(400,000)になって……みたいな、ともに立ち上がるハワイアンの同志がどんどん増えて、世界を変える大きなうねりになっていくことを夢見ているような、かなり高揚した気分も感じられます*。 この歌の作者、Ernest Kalaは、かつて、Molokai島のKalaupapaに置かれていたハンセン氏病の隔離施設で人生を送ったミュージシャン**。いわば「'a*ina」とのつながりを絶たれて生きざるを得なかった彼が、同じ境遇にあるKalaupapaのひとびとに向けて作ったのが、『E Na* Kini』だったようです。それにしても、病を理由に住み慣れた土地とのきずなを引き裂かれたひとびとに、ハワイアンとしての「'a*ina」への権利を訴えかけるこの歌が、いったいどんなふうに受け止められていたのか……二度と故郷の地を踏むことはないという運命を引き受けながら、それでも希望を捨てないために歌い続けるには、あまりに理想を正しく掲げすぎてやいないかと思いながらも、この真っすぐさこそが、彼らの心の支えになったことを願わずにはいられません。 この歌が収められたアルバムの歌詞カードには、「われわれの同志(kanaka)を愛し、われわれの民(la*hui)を愛し、われわれの大地(’a*ina)を愛するひとびとよ、ハワイの島々の正しさ(pono)を手に入れるために、一歩踏みだそう」(by Dr. Papaikani'au Kai'anui、著者訳)***というハワイ語のメッセージが添えられていて、隔離という仕方で故郷を失ったひとびとへの呼びかけというところを越えて、この『E Na* Kini』が選ばれていることがうかがえます。というわけで、「みんな、立ち上がれ」(e ala mai)という呼びかけは、なにより「’a*ina」を愛しながらもそれとの正しい(pono)かかわりのなかで生きることができないでいる、多くのハワイのネイティブのひとびと(la*hui)に向けられているわけですね。そして、そんな重いテーマを、Kalani Pe’aという若い世代のミュージシャンが取り上げていることに、もしかするとハワイの現実があらわれているのではないかと思ったりもする『E Na* Kini』。そんなちょっとしたひっかかりから、表向きの顔からはうかがえない、ハワイのホントウのいまを知る手がかりがあるような気がしています****。
参考文献 1)Silva NK: Aloha Betrayed-native Hawaiian resistance to American colonialism. Durham, Duke University Press, 2004, pp1-12 2)Chun MN: No na mamo-traditional and contemporary Hawaiian beliefs and practices. Honolulu, University of Hawaii Press, 2011, pp1-13
コメント
和貴
初めまして、メッセージ失礼します。
Kalani Pe'aさんの『 E Na* Kini』が好きな者ですが、内容についてとても詳しく解説されているこのブログURLを、自分のブログで紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?
元気が出るリズムのこの歌に込められていた深い歴史についても感動したもので‥‥
どうぞよろしくお願い致します。
2019/02/17 URL 編集
隙間のりりー
2019/02/18 URL 編集
和貴
記事URL掲載のご承諾、感謝致します!
https://ameblo.jp/wakiaiai567/entry-12337701047.html
↑こちらの記事で、Kalani Pe'aさんの『 E Na* Kini』YouTubeを備忘録として貼っております。隙間さまの記事もここで少し加筆して紹介させて頂きます。m(_ _)m
よろしくお願い致します。
Kalani Pe'aさんの歌声が爽快で、歌が作られた背景など想像もつかなかったことですけれど、それを知ることでまた違った響きに聴こえてきますね♪
ありがとうございます。
2019/02/18 URL 編集