Ka*ne’ohe

Ka*ne’ohe







 その美しさがたまらなく好きさ。
 もやが現れて雨になり、
 やがて山手のほうに霧雨が降る(あの光景)。
 誇らしいKaneoheのまち、僕のふるさと。

 飾り気のないメロディラインが、そのまちの素朴な美しさをそのまま表現しているような印象の『Ka*ne’ohe』。スタイリッシュなアレンジともあいまって、ドライブしながら窓越しに流れる風景をながめているような感じもありますが、歌詞には「白い靄が現れて雨になり」(ke noe mai a ka ua)、「山手に霧雨を降らせる」(kilihune mai la i uka)とあって、まちが背にするKo’olau山脈を見晴らしながら歌われていることがわかります。
Ka*ne’oheは、Oa’hu島の東側、Honolu*lu*からKo’olau山脈を越えるカーブの多い道を抜けたあたりの、海沿いに位置する閑静な田舎まち。水蒸気をたっぷり含んだ海風のおかげで、ふんわりと雲をいただいていることが多いKo’olauの峰々は、なによりKa*ne’oheそのものといってもいい表情で、そこを訪れるひとをいつも変わらず迎えてくれます。

 月明かりがまちに降り注ぐ。
 この上ない穏やかさをたたえて。
 感動的な美しさのなかに良きものが満ちているというか……。
 誇らしいKa*ne’oheのまち、僕のふるさと。

 「月の光が降りそそぐ」(hulali ka mahina)……といっても、どこにでもありそうですが、実は、いまや日本の都市部では体験できなかったりするこの光景。しかも、その「穏やかさが半端ない」(hemolele i ka ma*lie)わけですから、同じOa’hu島でも、ホテルや商業施設が立ち並ぶWaiki*ki*にはもはやない、静けさのなかでなにかを感じさせる、Ka*ne’oheならではの夜が語られているのではないかと思われます。しかも、そのまちに暮らすひとにとって、「驚くべきよさに満ちている」(piha pono i ka nani kamaha’o)なんて、よほど居心地のいいまちなんだろうなぁって感じですね。

 山の峰々のあの存在感。
 ふんわりと香しさが訪れて(こころ奪われる)。
 そして、見るたびにいつもいいなぁと思う。
 誇らしいKa*ne’oheのまち、僕のふるさと。

 「山の峰々が(そこに)現れている」(ahuwale na* kualono)……Ko’olauの山々といえば、垂直にそそり立つような壁状の、しかも鋭角に波打つその山肌が特徴的で、ひとたび目にするとたちまち記憶に刻まれる圧倒的な存在感があります。それを見るたびに「あぁ、やっぱりKo’olauっていいなぁ」と思う地元のひとの感覚は、ずっと生活をともにしてきた家族、あるいは自分をいつも見守ってくれている親や祖父母、もしかすると、遠い祖先たちにまで思いを馳せるような気持に近かったりするのかもしれません。そんなことを思いめぐらせながら、親密さと尊敬の念が一体になったような気持ちが、「hanohano o Ka*ne’ohe」のひとことに込められているような気がしてきた『Ka*ne’ohe』。ふるさとを誇らしく思う若い世代の感覚が、さらっと表現されている一曲でした。

by Josh Tatofi
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隙間のりりー

フラダンサー&ミュージシャンを応援するハワイ語講師。
メレの世界を深く知るためのハワイ語を、わかりやすく解説します。