Hanohano Ha'iku*

Hanohano Ha'iku*





https://www.youtube.com/watch?v=DVAB6rTE1Bw&feature=youtu.be

 Ha'iku*は(いつみても)際だったすばらしさ。
 緑深い峰々に抱かれるよう(にそこにある)。

 Hanohano Ha'iku* ke 'ike aku
 H'ipoli 'ia e na* pali ha*uliuli

 晴れやかなメロディラインやコーラスの美しさが、故郷を誇らしく思う気持ちそのもののようにこころに響く『Hanohano Ha'iku*』。「Hanohano」(すばらしい)とその際だった美しさが強調される Ha'iku*は、O'ahu島の東側、Ka*ne’ohe、He'eiaと続く地域を見下ろす峰、Keahiakahoeのふもとに位置するまち。そして、この曲をレコーディングし発表しているグループ、Keauhouのメンバー(Nicholas&Zachary Lum)の生まれ故郷でもあるのですが、ほかでは見られないHa'iku*ならではの特別な光景について、このあとさまざまに語られていきます。

 Keahiakahoeのほうに見やると、
 その頂上には白くもやがかかっていたりして。

 Huli aku na*na* ia* Keahiakahoe
 Lei ana i ka 'ohu kau i ka piko

 Keahiakahoeは、Ka*ne’ohe、Waima*naloといったO'ahu島東部のまちとHonolu*lu*を隔てる山脈、Ko’olau Pocoに含まれる峰*。Ko’olauといえば、切り立った山肌が壁のように連なる風景が印象的ですが、その頂上付近にかかる白いもやのことを、「雲でleiがかかっているよう」(lei ana i ka 'ohu)と表現しているようです。水蒸気をたっぷり含んだ海風が、日々育てる雲をいただく峰々の美しさは、なんといっても水資源にめぐまれたこの地域ならではのもの。次のバースでは、そんな自然条件から生まれる奇跡のような光景が、さらに詩的に語られていきます。

 上のほうに虹がかかる(光景もすてき)。
 山手の滝とは(いつもセットで)友だちみたいだよね。

 Pi'o maila i luna ke a*nuenue
 Hoapili me na* wailele a'o ia uka

 雲が雨となって大地をうるおし、太陽のエネルギーでふたたび上昇してはまた地上に戻っていく。そして、そんなはてしなく続く自然のサイクルのところどころに、奇跡のように現れるのが「虹」(a*nuenue)ですね。ここでは、山手にある複数の滝(na* wailele a'o ia uka)付近にかかる虹が描写されていますが、虹と滝が「親密な友人のような関係」(hoapili)であるという表現からは、まさに滝の際のところにかかった虹が、どこか別の世界への入り口にも思えてくるような、静謐でこころあらわれる光景が目に浮かぶように思われます。

 (ぼくは)そこに暮らしているネイティブなんだ。
 いつもこころのどこかで思っている生まれ故郷のね。

 Ua noho a kupa la* i laila
 I ia 'a*ina ha*nau poina 'ole

 この歌に込めた思いをしっかりこころにも耳にも響かせて。
 Ha'iku*は(いつみても)誇らしくなる美しさ。

 Ha'ina ka puana a i lohe 'ia
 Hanohano Ha'iku* ke 'ike aku

 ここまで、ふるさとの豊かな自然の風景がさまざまに語られてきましたが、その土地への特別な思いは、なにより自分がそこに暮らす(noho~i laila)ネイティブ(kupa)であるという、ゆるぎない事実からくることがここで表明されています。「Poina 'ole」の文字通りの意味は「忘れない」ですが、その対象が「生まれ故郷」('a*ina ha*nau)であるなら、「いつも思っている」「こころのどこかにある」ほど大切に思っているということではないかと解釈してみました。それにしても、ふるさととの結びつきこそがアイデンティティそのものといわんばかりのこのメッセージには、いったいどんな思いが込められているのか……。このあたり、単に個人レベルでとらえるか、ハワイのネイティブのひとびとにまつわる「'a*ina」(大地)をめぐる歴史を考え合わせるかで、まったく意味合いが違ってくるわけですが……**。少なくとも、観光客のまなざしには決して映らない、そして、それを語るにはハワイ語しかない、そんななにかがあるような予感があります。ネイティブにとっての「'a*ina」をめぐる歴史……とさらっと書きましたが、それがネイティブの視点から語られることがないばかりか、まったく存在しないかのように扱われてきたという事実そのものに、近年、ようやくスポットがあたるようになった、そんな状況にある現代のハワイ。『Hanohano Ha'iku*』が若い世代のメッセージであるだけに、南の夢の島ではない現実のハワイに、私たちはもう少し目を向ける必要があるのではないかと思わずにはいられません。

by Zachary Alaka'i Lum

*:登山愛好家が急な斜面にいどむトレッキングコースでも知られる。
**:『Hanohano Ha'iku*』が収められているアルバムには、「Keauhou」というグループ名の由来や音楽活動に寄せる思いが、「1970年代に始まったネイティブであること('o*iwi)の意識化」から語られています。彼らが目指しているのは、そうした文化復興の潮流のなかで先人たち(ku*pun)が残してきた遺産(フラや音楽、ハワイ語、ハワイ的な知のありかた)を再発見し、新たな感性でもって語り直すことであるといいます。そうして新たに命を吹き込まれる楽曲たち(mele)は、単なるエンターテイメントではなく歴史の集積であり、meleを通してku*punaたちと対話し、過去を学び語り直すことによって、新たな意味を創造することにつながる……そんな壮大な思いがあるようです。
 「Keauhou」は、かつてkoaの木が生い茂る森があった場所(Hawai’i島)だといい、koaがカヌー(wa’a)に使われたことから、ハワイのネイティブのシンボルに相応しいとして選んだ名前だといいます。古代には、ハワイのひとびとが大洋を渡るために命をあずけたwa’a。そんなwa’aで旅するのと同じ思いで、Ku*punaたちが残したハワイ文化という知の大洋を航海すること。そうして到達しようとする場所は「'a*ina ku*puna」(ku*punaたちが守り暮らした土地)であり、「a*inaはなによりわれわれの思いを駆り立てる」とも記され、hulaやmeleといった表現活動の源泉もそこにあると語られています。ちなみに、「ke-au-hou」は「新しい流れ」でもあり、それが生み出す潮流が、多くのひとを巻き込みめざすべき彼方へと運ばれることを祈念する……そんな思いを込められているようです。
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コメント

海月

わあ、ありがとうございます!
Keauhou - Hanohano Haiku 、リンクを貼ってくださったおかげで、ちゃんと見られました。
久しぶりに癒されました(*'ω'*)

fc2さんの問題でしょうか。
以前は開けていたものも真黒になっていたから
早く直るとよいのですが…汗

隙間のりりー

海月さま
いつもありがとうございます!
どういう具合なんでしょうね……私も環境によっては真っ黒で表示されていて「?」って感じでした。
ご指摘メールいただいて助かりました(^^)/
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隙間のりりー

フラダンサー&ミュージシャンを応援するハワイ語講師。
メレの世界を深く知るためのハワイ語を、わかりやすく解説します。