E Pili Mai

E Pili Mai






https://www.youtube.com/watch?v=XF72-7ak5DQ


 (この気持ちを)伝えたい、
 夜になると思ってしまう、大切なあなたに。
 (こうして)一人過ごす夜は、寒々しくていけない。
 いとしいひとよ(と呼びかけても)、
 ともに過ごしたい(という願いはかなわぬ夢なのか)……。

 ‘Auhea wale ana ‘oe
 Ku’u lei o ka po*
 Po* anu ho’okahi no* wau
 E Sweetheart mine
 E pili mai

 夜の問わず語りを思わせる美しいメロディに、思いを募らせる誰かの切なさが静かに響きわたる『E Pili Mai』。慣用的に「listen!」(聞いてください)の意味で用いられる「‘auhea wale ana ‘oe」も、ことば通り「あなたはどこにいるのですか?」と訳したくなるストレートさが、このmeleの切なさをいっそう際立たせている印象もあります。
 そうして呼びかけられる対象、「ku’u lei o ka po*」は、ことば通りに訳すと「夜に身に着ける大切なlei」。「夜になると思ってしまう」と訳しましたが、横たわるとき(身に着けるように)肌にふれていてほしいものといえば、すべてをゆだね合えるパートナーの、温かい両腕(がleiのように結ばれたサークル)だったりするでしょうか。でも、寒々とした夜に(po* anu)たった一人(ho’okahi no* au)。それでも、結ばれることを夢見て呼びかけるんですね。「E pili mai」と……。

 もし、あなたと私が、
 あのMakanaの炎を目にすることがあったら、
 それはalohaが届けてくれる贈り物。
 (そうしたら)すっとずっと、
 あなたと私は(一緒にいられる)……。
 いとしいひと、
 さぁ、こっちへおいでよ……。

 Hui
 Ina* ‘o ‘oe a’o wau
 ‘Ike i ke ahi o Makana
 He makana ia na ke aloha
 No na* kau a kau
 ‘O ‘oe a’o wau
 E Sweetheart mine
 E pili mai

 もし、あなたと私が(ina* 'o 'oe a 'o au)、Makanaの炎(ke ahi o Makana)を見ることがあったら……と、なんとなく願掛けするような感じがありますが、ここに登場するMakanaは、Kaua'i島の北側、Ha*'enaの地の海に面してそびえる山の名前。Ha*'enaといえば、火の女神Peleが愛したLohiauにまつわる伝説や、古代にhulaを志すひとたちが集い学んだとされる構造物の遺跡が残されるなど、hulaの聖地と呼ばれるにふさわしい場所でもあります。また、古代の習わしでは、hulaの特別な学びを終えた生徒が、hauやpa*palaの薪を背負って約300メートルあるMakanaに登り、火をつけては一つずつ海に向かって投げるといった儀式も行われたとされます。それは、hulaのトレーニングをやり遂げたことを祝う行為だったようですが、そんなMakanaの炎(ke ahi o Makana)が贈り物(he makana)にかけられ、さらに「alohaによってもたらされるもの」(na ke aloha)と歌われているのは、愛の成就をこころから願う思いを、古代の儀式になぞらえて表現したものではないかと思われます。また、薪をかついで急な坂道を登る大変さや、たいまつが空を舞うように飛んでいくほど風が強いというその場の状況を考え合わせると*、ロマンチックなことばの裏側に、なんとしても願いをかなえたいという、強い意志が表明されているようにも思えてきます*。
 この後、「ずっとずっと」(no na* kau a kau)、「あなたとわたし」('o 'oe a 'o au)の関係が続きますようにと、ほとんど祈りにも近い、深いため息のような歌詞が連なるところで物語が閉じられていたのが、もともとの『E Pili Mai』。それに続ける仕方であらたに生まれ変わったこの歌は、このあとさらにドラマチックに展開していきます**。

 燃えるような思いがふつふつとこみ上げている……。
 さぁ、二人で(夢の世界へ)行きましょう。
 いま、とてもピュアなこころもちで、
 いとしいひとよ(と呼びかけてみるけれど)。
 
 Kau mai ana ka ninipo
 E ho'i mai no* ka*ua
 Eia iho i ka manawa e*
 Polinahe
 E ku’u ipo

 「さぁ、一緒に行きましょう」(e ho'i mai no* ka*ua)……こみ上げてくる(kau mai ana)思いを押さえきれず呼びかけてしまう相手は、自分のものにするにはあまりに遠い、あるいは、近くにいても手を伸ばすことをためらわれる、そんなひとなのでしょうか。しなやかでそよ風のような気分(i ka manawa e*, polinahe)でいると語られますが、どこか思いつめたような雰囲気があって、むしろ切迫感に近いものがじんわり伝わってくるようなところがあります。

 (こころに秘めた恋の)炎は、あの(Makanaの)たいまつみたいなもの。
 (必ずや)恋人が受け止めてくれるはずだと信じて(燃え続ける限りは)。
 (でも)思いは波のように繰り返すだけ。
 あなたがほしいのに。
 ずっと(ともに、いつまでもと願いながら)。

 Me he ahi ke kukuni la*
 Ke ki’ina a ka ipo
 Ho*’ale nei ke aloha la*
 Na'u ‘oe
 A mau loa

 「Me he ahi」(炎のような)とだけありますが、これは前半で語られた「Makanaのたいまつ」(ke ahi o Makana)のことだと考えられます。そして、それに似ているとされる「ke kukuni」は、同じ炎でもメラメラと燃えるようなイメージのあることばで、古代には他人に呪いをかけるといった類の呪術を指す場合もあったことから、「秘めた恋の炎」と訳してみました。そんなに思い詰めながら、その思いの象徴であるMakanaのたいまつのように、恋人に受け止められる(ke ki’ina a ka ipo)ことを願っているわけですね。でも、行き場のない思いは波のように行っては返すだけ(ho*’ale nei ke aloha la*)……「na'u ‘oe」(あなたがほしい/あなたは私のものだ)と自分に言い聞かせることばだけが、ずっとずっと(a mau loa)こころのなかでこだましているような、そんな感じでしょうか。

 ねぇ、あなた(/きみ)。
 なんとなく、ふとあまい思い出(がよみがえったような)、
 (そんな気分で、目覚めてまず目にする)朝露に呼びかけてみる。
 (あまりに美しすぎて)行かないで!と叫んでしまいそうな、
 (そんな)いとしいひとに(向けて)、
 こっちへおいでよ(という思いで歌うのです)。

 Ei nei
 Woo sweet memory
 E ku’u morning dew
 Alia mai
 E Sweetheart mine
 E pili mai

 「ねぇ、あなた」(ei nei)と、最高に近しいひとへの呼びかけではじまる、この最後のバース。「Morning dew」(朝露)をはじめ英語が多用されるせいか、ここまでのバース、とくに新しく付け加えられた部分にただようやや重苦しい雰囲気がいっそうされて、朝のさわやかな空気で深呼吸するような軽やかさが感じられます。もしかすると、「e ku'u morning dew」「alia mai」と続く部分が、『E Ku'u Morning Dew』の冒頭を思わせることも影響しているでしょうか***。悶々と眠れぬ夜を過ごしたあとに訪れた朝にしては、あまりにおだやか過ぎやしないか(?)という気もしますが、恋心をめぐって展開してきた物語の円環が、美しく閉じられたようなここちよさに満ちたこの結末は、なにより恋に悩むひとに向けて歌われた、最高の応援歌だったりするのかもしれません。

by Larry Lindsey Kimura & Peter Moon

参考文献
1)Joesting E: Kauai-the separate kingdom. Honolulu, University of Hawaii Press, pp32-35, 1988
2)Andrade C: Ha'ena-Through the Eyes of the Ancestors(Latitude 20 Books).Honolulu, University of Hawaii Press, 2009, pp37-39
3)Barrere DB, Kelly M, Pukui MK: Hula-Historical Perspectives(Pacific Anthropological Records, No30). Honolulu, Bishop Museum Press, 1980, pp106-115

*:Makanaを背にした海沿いにあったとされるheiau、「Ka-ulu-a-Paoa」は、チャンターたちがスキルを上げるべくoliのトレーニングに訪れたところ。そこで波の音や風の強さに妨げられながら発声することが、チャンターにとっては絶好の訓練になったようです。
**:Napua Greigが、自身のハラウのメンバーがメリーモナークフェスティバルに出場するにあたり、『E Pili Mai』の作者であり叔父でもあるLarry Lindseyに頼んで誕生したのが、ニューバージョンの『E Pili Mai』。Napua Greigが語るところによると、Makanaからたいまつを投げる儀式は、それを地上で受け止めることを恋愛成就の願掛けとするような、危険をともなう行為とセットで語られるものでもあるようです。
***:『E Ku'u Morning Dew』についてはこちら。
http://hiroesogo.blog.fc2.com/blog-entry-476.html
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隙間のりりー

フラダンサー&ミュージシャンを応援するハワイ語講師。
メレの世界を深く知るためのハワイ語を、わかりやすく解説します。