『ハワイ語のはなし』(meleを読むコツ)

ハワイ語のはなし198(2019年6月配信)
meleを読むコツ


 フラダンサーのためのハワイ語講座、「メレで学ぶハワイ語」を始めて半年あまりになります。レクチャーするようになってあらためて思うのが、メレのハワイ語ならではの難しさがあるなぁということ。比較的短いフレーズがポンポンと並んでいることが多いメレのハワイ語ですが、長く連なる物語(ka mo‘olelo)よりも読みやすいかというとそうでもなくて、シンプルで無駄がないためにかえってわからないことが多かったりもします。見方を変えると、そのわりきれなさもメレを読む楽しさだったりするわけですが、今回は、基本的なハワイ語文法をたどりながら、メレのハワイ語とつきあうコツみたいなものを探ってみたいと思います。


●文法におさまらないのがメレの歌詞

 まずは、詩的なことばの特徴について考えてみるために、日本語の歌詞を手がかりにしてみたいと思います。いきなりですが、昭和のヒット曲に、こんなフレーズがありました。

 あなた 恋しい 北の宿。 (『北の宿から』引用)

 うらさびしい北国の安宿で、恋しいひとを思いながらセーターを編んでいる……そんな邦画の一場面みたいな情景が思い浮かぶこの楽曲が、レコード大賞に選ばれたのが1975年。まだ小学生でしたが、この歌に限らず、当時の流行歌は結構、記憶に残っていたりします。子どもなりに日本語の世界の住人になっていたんだなぁと思いますが、それはともかく、あらためてこのラストの歌詞を読んでみると、思いのほかあいまいですね。たとえば、日本語が少し理解できる程度の外国人が、「あなたは北の宿を恋しく思っている」と読み間違えてもおかしくない、かなりことば足らずな印象があります。逆にいうと、そのスキマのところが歌の情感だったりするわけですが、雰囲気ではなく文法的にことばを理解しようとすると、次のような確認作業が必要になってきます。
 たとえば、セーターを編んでいるのも、「あなたを」恋しく思っているのも「私」であり、それは「北の宿で」の話であって……とことばを補うことで、ぐっと歌詞の輪郭がはっきりしてきます。その一方で、歌詞のことばそのものを味わうところからは、残念ながら遠ざかっていきますが、ことばを正しく理解するという意味では大切なプロセスだと思います。ハワイ語の歌詞にアプローチするときにも同じようなところがあり、あまり分析し過ぎるのもどうかと思いますが、それでも、主語と目的語を取り違えるようなことを避けるために、省略されている(と考えられる)ことばを補う必要があるわけです。
 この作業にとりかかる前にまず押さえておくべきなのが、述語、主語、補足説明と連なる、基本的なハワイ語の語順。メレのハワイ語はこの通りに並んでいないことも多かったりしますが、イレギュラーであることがわかるのも、この基本を押さえてこそというわけです。


●『Kaulana Na* Pua』を読んでみる

 前置きが長くなりましたが、ことばを補いつつ読む仕方を、実際のメレでみてみたいと思います。取り上げるメレは、『Kaulana Na* Pua』。1893年、合衆国併合を目指す勢力によって、ハワイ王朝が転覆したときに作られ、その渦中にあったハワイのネイティブのひとびとの思いがつづられている作品です。おだやかなメロディラインがかもし出すおだやかな雰囲気からは想像できない、正真正銘のプロテストソングですが、その冒頭では、自分たちハワイ人が大切にしてきたことがストレートに語られます。


*主語の省略*

1)Kaulana na* pua a‘o Hawai’i

2)Ku*pa‘a ma hope o ka ‘a*ina

 ハワイのネイティブといえば、
 大地の理(ことわり)に従って生きてきたことで名高い。

※kaulana(有名な、名高い)、na* pua(花々)、a‘o Hawai’i (ハワイの)、ku*pa‘a(従う)、ma hope(~のうしろに)、o ka ‘a*ina(大地の)

 まず1)では、文頭の「kaulana」が形容詞(有名な)ではなく述語であり、「~である」と訳されることばであることに注意しましょう。つまり、「有名なんだよ、ハワイの花々は」 という仕方で、「na* pua」(比喩的には「ハワイのネイティブ」)について、あることが自明である(kaulana)ことが宣言されているわけです*。
 続いて、ハワイのひとびとがどんなふうに知られているのかが語られるわけですが、そうするとその主語はすでに話題になっている「na* pua」なので、2)ではこの主語が省略されています。
 こんなふうに、続いて登場する主語が省略されるだけでなく、だれのはなしなのかが文脈から明らかな場合には、最初から主語なしに物語が連なっていくこともあります。たとえば、「auhea wale ana ‘oe」(聞いてください)**ではじまる歌では、あなたに対する私の思いがつづられていることは明らかなので、いつまでたっても「au」(私)が登場しなかったりします。それでも「au」が出てきたら、「私なんです」と「私」を強調したい何かがあるのではないか……と考える手がかりになったりもします。


*「ma*kou」と「ka*kou」の違いは大きい*

3)‘A‘ole a‘e kau i ka pu*lima

4)Ma luna o ka pepa o ka ‘e*nemi

 サインなんかしないぞ。
  敵の書類なんかには決して。

※‘a‘ole(~ない)、ka pu*lima(サイン)、kau(書く)、ma luna(~の上に)、 o ka pepa(紙の)、o ka ‘e*nemi(敵の)

 ここでも主語が省略されていて、先に「na* pua」と詩的に語られたハワイのネイティブのひとびとが、「サインを」(i ka pu*lima)、「書かない」(‘a‘ole a‘e kau)とされます。そして、ここで「na* pua」(ネイティブのひとびと)を、「サインしないぞ」と語る側から代名詞にすると、「ma*kou」(3人以上の「私たち」)となります。重要なのは、あくまでも「ma*kou」であって、相手に誘いかける意味のある「ka*kou」ではないということ。4)からわかるように、「ka ‘e*nemi」(敵)と呼ばれているひとびと、具体的にはハワイ王朝を倒して登場した新政府を前にしてプロテストを表明している「私たちな」ので、語りかけているひとを含む「ka*kou」ではありえないわけです***。
 ちなみに、ここで「サインしないぞ」といわれている書類は、新政府への忠誠を誓うことの担保として、王朝のお抱えバンドだったRoyal Hawaiian Bandがつきつけられたもの。このとき、メンバーの多くはサインしなかったために解雇されますが、バンドそのものは、新しい楽団員を迎えることで存続することになります。


*ハワイ語独特の修辞法*

5)Ua lawa ma*kou i ka po*haku

6)I ka ‘ai kamaha‘o o ka ‘a*ina

 われわれは石で満たされている。
 すばらしき大地を食べるひと(すなわち、正当な統治者がいるのだから)。

※lawa(満たされている)、i (~が原因で)、ka po*haku(石)、‘ai(食べる)、kamaha‘o (素晴らしい)、o ka ‘a*ina(大地の)、ua****


 5)では「ua lawa」(述語)、「ma*kou」(主語)、「i ka po*haku」(原因、理由)と並んでいて、文法的にはとくに問題はないようです。ただし、「石で満たされている」ってどういうこと?って感じですし、あとに続く「ka ‘ai kamaha‘o」を「すばらしき食べ物」と訳してしまうと、石を食べる話になってしまってわけがわからなくなります。
 ここでは、石といったときに、ハワイ語ではなにがイメージされているのかを考える必要があります。日本語で「石」というと、大きさはともかく丸いものをイメージしがちですが、溶岩が流れ冷えて固まったハワイでは、「ka po*haku」といえば大地のイメージにつながることばだったりするようです。そして、「大地を食べる」のは、ハワイではなにより火の女神Pele(「pele」はハワイ語で「溶岩」)のことだったりすることも重要です。そう、溶岩流が大地をはうように進むさまを、ハワイ語では「大地を食べる」と表現するわけですね。というわけで、「ka wahine ‘ai po*haku」(石を食べる女神)といえばまずはPeleのことを指し、歌詞にある「ka ‘ai kamaha‘o o ka ‘a*ina」は、「wahine」を補ったうえで「大地を食べるすばらしきひと」、つまり「大地の統治者」と訳すべきである、ということになります。
 この歌が作られた当時、王朝を支持するハワイ語新聞では、Lili’uokalani女王のことを「Ke Ali‘i ‘Ai Moku」と表現することも多かったようです。こうなってくると、「‘ai moku」(文字通りの意味は「島を食べる」)とは、間違いなく「統治する」「治める」という意味だったといえそうです。19世紀末のハワイ語の世界を理解するには、このあたりの知識も必要になってくるわけですが、そんな文法のはなしだけにとどまらない「ハワイ語のはなし」を、これからもお届けしたいと思っています。


*:「Na* pua kaulana」の語順だと、「有名な花々」という意味になります。こんなふうにハワイ語では、「修飾語」(説明することば)は後ろに置かれます。
**:「Auhea wale ana ‘oe」の文字通りの意味は「あなたはどこにいるのですか」。
***:ハワイ語の「私たち」には、話しかける相手を含む「ka*ua」(二人)、「ka*kou」(三人以上)と、含まない「ma*ua」(二人)、「ma*kou」(三人以上)の使い分けがあります。
****:「Ua」は過去になにかが起こったり、始まったりしたことを記すことば。「lawa」(満たされている)といった状態をあらわすことば(状態動詞)とともに使われる場合は、過去ではなく現在のこととして訳されることが多いようです。


*お知らせ*
 今後のバックナンバーについては、過去のものも含め『隙間のりりーのハワイアンソングブック』にアップしていく予定です。http://hiroesogo.blog.fc2.com/
 
※オキナ(声門閉鎖音)は「‘」、カハコー(長音記号)は伸ばす音の後ろに「*」をつけています。ハワイ語は、とりあえずローマ字読みすることが可能です。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

隙間のりりー

フラダンサー&ミュージシャンを応援するハワイ語講師。
メレの世界を深く知るためのハワイ語を、わかりやすく解説します。