ささやくようでいてなぜか力強く、まるで宇宙に響きわたるような歌声が印象的な『Hawai'i 78』。直訳すると、「大地にやどる命(ke ea o ka 'a*ina)が、ハワイにとっての正しさ(ka pono)によって存続している」となりそうなこのことば。実は1843年、7月31日の、Kamehameha 三世によるある宣言に含まれたとされるもので、「ke ea」(呼吸、命)については「主権」と訳すべきであるような、ある政治的状況が語られているものだったりします。当時、欧米諸国からその存続をおびやかされていたハワイ王朝ですが、英国から理不尽な圧力を受けて、一時期、いまにも植民地化されかねない危機に陥ったことがありました。外交的な働きかけによってかろうじて難を逃れますが、このとき、一度失いかけた国家としての主権が保持されたことを宣言したのが、「ua mau」で始まるKamehameha三世のことばでした。 この「ke ea」(呼吸、生命)を「主権」の意味で用いる感覚は、命をはぐくむ大地の力を呼吸ととらえ、それがあるバランスのもとで(i ka pono)保持されることを主権ととらえるような、ネイティブハワイアン独特の世界観のあらわれではないかと思われます*。この伝統を引き受けようとするのがこの歌のメッセージであることを踏まえて、以下に続く歌詞をたどってみたいと思います。
If just for a day our king and queen Would visit all these islands and saw everything How would they feel about the changes of our land Could you just imagine if they were around And saw highways on their sacred grounds How would they feel about this modern city life?
Tears would come from each other's eyes As they would stop to realize That our people are in great, great danger now How would they feel? Would their smiles be content, then cry
Could you just imagine they came back And saw traffic lights and railroad tracks How would they feel about this modern city life Tears would come from each other's eyes As they would stop to realize That our land is in great, great danger now.
ひとびとが、島の命が、いまや大きな危機にさらされている……そんなフレーズからまず思い起こされるのは、欧米諸国との関係がはじまって以降、外から持ち込まれた疫病や生活習慣の変化によって、多くのネイティブハワイアンが命を落としたという歴史的事実でしょうか。それにくわえて、ハワイ固有の動植物の種がたくさん姿を消してしまったことも、見過ごせないのではないかと思ったりします。そう、ここ200年あまりの島々の環境の変化は、命をことごとく危険にさらすほど大きなものだったんですね。一方、王を頂点に、土地ごとのali’i(chief)たちの指導のもと、かつてネイティブのひとびとが営んでいたとされる生活は、発展とか成長といった観念とは無縁の、なによりも島の環境そのものを持続させることを前提とする、絶妙なバランスのもとにあったのではないかと想像されます。そして、唯一ハワイ語で繰り返されるフレーズに含まれる「i ka pono o Hawai'i」の「ka pono」は、そんな土地とひととの関係はもとより、天候や灌漑も含めた水の循環から、先祖や子孫といった不在のひとびとも含めた共同体のシステムにいたるまで、あらゆるものごとが調和のとれた仕方でお互いを保っている、そんな「正しさ」を意味するのではないか……そんなことを考えながら、「cry for~」の繰り返しに登場する「gods」(神々)が単数の「God」ではないことを思うと、この全体としてのバランスが目指されるときの物差しは、おそらく唯一絶対の原理ではないはずだとも思ったり……。
All the fighting that the King has done To conquer all these islands, now these condominiums How would he feel if he saw Hawai'i nei? How would he feel? Would his smile be content, then cry?
ハワイの主権が、しかるべく存続することになった(ことをここに宣言する)。
Ua mau ke ea o ka 'a*ina i ka pono o Hawai'i
王族全般を意味するように感じられる「our king and queen」という表現とは異なり、最後のバースでは、「the King」と歌われ、「この島々を征服するために」(to conquer all these islands)といった表現もあることから、おそらく、ここでの王は、Hawai'i を王国としてまとめあげたKamehameha一世を指すのではないかと思われます。100年にも満たないHawai'i王朝の歴史は、欧米列強からの圧力を受け続けた歴史でもあったわけですが、Hawai'iが資本主義経済の波に飲み込まれる過程で、経済力を背景に政治的にも台頭するにいたったのが、米国のビジネスマンたちでした。そうして、王朝の転覆後、ハワイは合衆国に併合されるに至るのですが、最後はクーデターでとどめを刺されたものの、すでにHawai'iの島々がネイティブハワイアンのものではなくなりつつあったことが、その流れを決定づけたのではないかと考えられます。そう、ネイティブの人口そのものが激減したうえに、新しい土地所有制度になじめなかった多くのネイティブたちは、先祖代々暮らしてきた土地を失ってしまった……その一方で、大規模なプランテーションが大地を覆い、サトウキビやパイナップルを運ぶ鉄道がしかれたりもしたわけですね。そんなことを思いながら、「奪われた大地に向けて叫べ」(cry for the land that was taken away)の部分を読むと、大地というふるさとを追われたひとびとの、つらく、やりきれないこころの叫びが聞こえてくるような気がしてきます。 いまでは、かつての大規模農場や牧場が、荒地となってその名残をとどめているケースも少なからずあり、まさに「ke ea o ka 'a*ina」(大地の命)をよみがえらせることが大きな課題のひとつでもあるHawai'i。それでも、Hawai'iにとって正しいこと(ka pono)を見失わない限り、必ず未来はやってくる……そんな、祈りにも近いものを感じるとともに、Hawai'i古来の英知の力強さを感じた一曲でした。
by Micky Ioane
*:『A Nation Rising』(Goodyear et al.ed., 2014)に、政治学者Lei Lani Bashamによる「ea」に関する議論が紹介されています。彼女によると、ハワイ語の「ea」には複数の意味合いがあり、そのひとつが強調される文脈であっても、同時にすべての意味内容を含んでいるとされます。たとえば、「ea」が政治的な独立という意味で「主権」と訳されるときも、そこには同時に「life & breth」も含まれているといいます。このとき「ea」は、存在者の能動的な状態と理解されており、呼吸することと同様、「ea」は達成されたり所有されたりするものではなく、日々その行為を続けることが求められるという事実、つまり生(命)を与えられていることそのものであり、同時にその命の営みが何世代にもわたって続けられてきた歴史でもあるとされます。
参考文献 1)Chun MN: No Na Mamo-Traditional and Contemporary Hawaiian Beliefs and Practices. Honolulu, University of Hawai'i Press, 2011, p1 2)Kame'eleihiwa L: Native Land and Foreign Desires-Pehea La* E Pono Ai? Honolulu, Bishop Museum Press, 1992, pp184-185 3)Goodyear-Ka'o*pua N et al.ed.: A Nation Rising-Hawaiian Movement for Life,Land,and Sovereignty. Durham and London, Duke University Press, 2014, pp3-7
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