ハワイ語のはなし206(2020年3月配信) メレの隙間をうめる 最近、ふと思い立って、YouTubeでハワイ語のミニ講座をはじめました。書きためてきた『ハワイ語のはなし』を別の仕方で生かせるのでは……と思ってのことですが、やってみてあらためて思うのは、「語る」ことは「書く」ことの延長ではないということ。メディアとしての声と文字の違いは、ハワイ語のメレ(歌)を読みながら理解しているつもりでいましたが、はからずもしばらくは試行錯誤が続きそうです。
そんな個人的な事情はともかく、今回は、声に出してこそという意味では語りのことばでもある、メレのハワイ語を理解するために知っておきたいことをまとめてみたいと思います。
●メレならではの事情
メレのハワイ語を読むときに、まずこころえておくべきだと思うのが、詩(ポエム)であるがゆえのアプローチの仕方があるということ。つまり、ハワイ語そのものがむずかしいのとは違う事情があるわけですが、そのあたりを、まずは日本語の歌で確認してみたいと思います。
よこはま たそがれ ホテルの小部屋
くちづけ 残り香 たばこの煙
かなり古いヒット曲で恐縮ですが、『よこはま・たそがれ』と題するこの楽曲、あらためて歌詞をみてみると、さびの部分以外は、こんなふうにずっと名詞が並んでいるだけ。ですが、なぜか登場人物がホテルで過ごした時間の長さまでわかってしまう……まさしくこれが、歌のもつ力ですね。ただし、この表現が成立するのは、語られていない部分を想像できる聴き手あってこそ。ことばだけでなく人生経験も必要という意味では、ことばになっていない部分をおぎなえる、リテラシーの問題ともいえそうです。
そして、ハワイ語のメレがむずかしいのは、この隙間を埋める作業が、ハワイ語文法をわかって読んでもなかなかできないところにあります。もちろん、ある程度の知識は必要ですが、メレのストーリーというか文脈を感じながら、「なにが省略されているのか?」を考える作業が必要なわけです。
●メレには「au」(私)が登場しない
省略されることが多いことばの筆頭は、なんといっても「au」(私)。私が登場しないって、どういうこと(!?)って感じですが、これはメレに限らず、日常の会話レベルでもよくあること。たとえば、「行ってきます」といえばだれが行くのかわかるので、「私」が省略されるのと同じです。行かないだれかがいることを伝えたいなら、「私は行ってきます」になりそうですが、あきらかにニュアンスが異なりますね。
この「私」の不在をおぎなうというか、別の仕方で語り手を感じさせるのが、方向詞の「mai」。話し手に向かう動きをあらわすことばですが、「pa* mai ka makani」(風が吹いてくる)というと、その風を受けているだれかがいることが、「mai」のところにあらわれている、というわけです。
そして、私を感じさせることばといえば、なんといっても「auhea wale ana ‘oe」(聞いてください、こちらに注目してください)。文字通りの意味は、「あなたはどこにいるのですか?」という疑問文ですが、あなたを探しているというよりも、「この思いを聞いてください」とあらためていわなければならないほど、相手との間に心理的な距離を感じていることが表明されている、そんなフレーズです。そうすると、「auhea~」で始まれば私の思いが語られていることがわかる、つまり「au」(私)はいわなくてもわかる、ということになります。それでも「au」が登場したら、ある決意をもって大事なことが表明されているのではないか……と深読みする手がかりにもなる、そんなことばでもあります。
●「He」のあとに主語をおぎなってみる
最後に、実際のメレで隙間のうめかたの一例をご紹介したいと思います。取り上げるのは、Robi Kahakalauのボーカルで知られる『He Po* Lani Makamae』。作者であるKu Kahakalauが、おなかの赤ちゃんが誕生するのを心待ちにしながら、ある夜の風景に思いを重ねて歌った楽曲です。
1)Ma*la‘e mai ‘o Waima*
Waima*は雲ひとつなくすみわたり、
2)Ku* kilakila na* pali
峰々がそびえる(さまも美しい)。
3)Moe ma*lie ka ‘a*ina
(まるで)大地もおだやかに横たわり眠るよう……
4)He po* lani makamae
(そんな)とびきり特別な夜なのです。
訳の( )のところが、ハワイ語そのものには含まれない内容をおぎなった部分。日本語にはしていませんが、1)に含まれる「mai」から、作者がWaima*のすみわたる風景を目にしていることがうかがわれます。2)で「峰がそびえる」に「(そのさまが)美しい」と続けたのは、それらを前にして感動しているはずだから……このあたりは、読むひとの感覚で、しっくりくることばを選べばいいと思います。そして、タイトルにもなっているフレーズ、「he po* lani makamae」は、単に「特別な夜」と訳すのではなく、ぜひ「~です」と一文にしたいところ。どういうことかというと……「それはどんな夜だったのですか?」(Pehea ia po* ?)という聴き手の問いに対して、「He po* lani makamae ia」(それは天にも昇るような気分になる、特別な夜だったのです)と答えている、そんな含みがあるからです。
こんなふうに、「he」ではじまる名詞に主語をおぎない、問いに対する答えにするだけでも、語りがストーリーとして立ち上がってくるのがわかります。教科書では「he pua ke*ia」(これは花です)みたいな文をまず学びますが、メレでは主語(ke*ia)があるとは限らないということですね。ないものがわかれば、それをうめる仕方はひとそれぞれでいい―そう考えると、むずかしいと思われがちなメレ解釈も、実は思いのほか自由で楽しいものである、ともいえるでしょうか。気になるメレがあったら、ぜひ、挑戦してみてください。
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