ハワイ語のはなし207(2020年3月配信) メレのハワイ語にみる「まなざし」の表現 「みたよ、私」といわれたら、思わずその続きが聞きたくなりますが、そんな思わせぶりなことば遣いも、ハワイ語の感覚からするとごく普通の言い方だったりします。というのも、ハワイ語では「述語」のあとに「主語」がきて、さらに「説明のフレーズ」が続くのが基本だったりするからです。もっとも、この語順以外はないのかというとそうでもなくて、たとえば思いをリズムにのせることが優先されるmele(歌)のハワイ語には、文の要素が思いのほか自由に配置されている印象がありますし、文法的には説明しにくいことば、いわゆる慣用句が使われることも多かったりします。今回はそんなmeleのハワイ語から、「‘ike」(みる)を含むフレーズを取り上げ、さまざまな「まなざしの表現」をたどってみたいと思います。
●『Kaimanahila』の歌詞を解体してみる
『Kaimanahila』といえば、Waiki*ki*周辺の風景がビジター目線で語られる、日本人にもなじみのあるハワイアンソングのひとつ。その冒頭では、O‘ahu島のランドマーク的な存在、Kaimanahila(ダイヤモンドヘッド)を間近に見上げたときの感動が歌われますが、歌詞をていねいにたどってみると、いわゆる説明文とは異なる語順が選ばれていることがわかります。
1)I waho ma*kou i ka po* nei
屋外で 私たち きのうの夜に
2)A ‘ike i ka nani o Kaimanahila.
みたんです カイマナヒラの美しさを
こんなふうに、「外へ(でかけててね)、私たち、(それは)昨日の夜だったんだけど」みたいな感じで始まり、「‘ike」(みる)を含む後半部分で「なにをしたのか」が述べられています。「まずは述語から」というハワイ語の基本ルールからすると破格ともいえますが、この連なりをハワイ語の語順ルールに従って並べ替えると、次のようになります。
3)‘Ike ma*kou 私たちはみました。
4)i ka nani o Kaimanahila カイマナヒラの美しさを
5)i waho 屋外で
6)i ka po* nei. 昨日の夜に
整理すると、3)が「述語」「主語」の連なり、4)以下はそれぞれ4)目的語、5)場所、6)時間をあらわし、いずれも3)をうしろから説明するフレーズになっています。きちんとした文章でわかりやすいといえばわかりやすいですが、あまりに普通過ぎてそっけない印象もありますね。その点、歌詞のハワイ語のほうは、文の要素がシャッフルされることで表現が動的になっており、「kau mai i luna」(こちらに迫るようにりっぱにそびえていた)と表現されるKaimanahilaの姿を、よりリアルに浮かび上がらせているように思われます。
●「みよ!」と呼びかける表現
次にご紹介するのは、Hawai‘i島にそびえるMaunakea山の女神、Poli‘ahuをたたえて歌われる『E ‘Ike I Ka Nani A‘o Poli‘ahu』(by Kawaikapuokalani Hewett)の冒頭部分。さぁっと視界が広がるようなダイナミックさに思わず引き込まれてしまう、そんな力に満ちたフレーズです。
7)E ‘Ike I Ka Nani A‘o Poli‘ahu.
Poli‘ahuの(この雄大な)美しさをみよ!
「美しさをみよ!」と命令口調に訳したのは、動詞「‘ike」にそえられている「e」に「これから感」があるから。「これから感」とは「これから指向」といってもいい意識のありかたで、「‘Ike」(みる)とともに用いられているこのケースでは、まなざしを前へ前へとうながしている感じがあります。空間的には、目の前のPoli‘ahu(Maunakea)の雄大さにグイグイ引き寄せられている……といった具合に、聴き手のイメージをふくらませてくれるところもあります。
この文を、命令文として整えるとすれば、「e ‘ike」の次に「‘oe」(あなた)、あるいは「‘oukou」(あなたがた)あたりを補うことになります。Meleの場合、呼びかけられているのは聴き手であることは明白なので、この歌詞のように省略してもOKということですね。
※『E ‘Ike I Ka Nani A‘o Poli‘ahu』の解説はこちら
http://hiroesogo.blog.fc2.com/blog-entry-180.html ●ハワイ語独特の表現
最後に、ハワイ語独特のまなざしの表現を二つご紹介したいと思います。
8)‘Ike maka i ka nani o uka
山手の美しさに目をやると
これは、『Ka Lehua I Milia』(by Mary Kawena Pukui and Maddy Lam)の冒頭のフレーズ。このあと「Ka lehua i milia e ka ua noe」(驟雨にやわらかく包まれるレフアの花)を思う気持ちがつづられていて、目にした美しい風景にいとしいひとを重ね合わせていることがうかがえます。この文の「‘ike」は、単体ではなく「‘ike maka」の連なりで「目撃する」「個人的に目にする」という意味があり、ことばとして「私」は登場しませんが、作者の体験がダイレクトに語られていることが表明されていることになります。
※『Ka Lehua I Milia』の解説はこちら
http://hiroesogo.blog.fc2.com/blog-entry-562.html 次にご紹介するのは、美しい滝のある風景にこころ動かされた体験が描写される『‘Akaka Falls』(by Helen Lindsey Parker)。その冒頭では、これ以上にないシンプルさで、その体験が生涯初めてのものだったことが明かされます。
9)Malihini ku‘u ‘ike ‘ana
私は初めて目にしたのです。
「見知らぬひと」「外国人」「旅人」とも訳される「malihini」ですが、ここでは文頭で定冠詞(名詞の印)なしで用いられていることから、「なじんでいない」「知らない」状態をあらわす「状態動詞」であることがわかります。これに続く「ku‘u ‘ike ‘ana」は、直訳すると「私がみること」になりますが、ここはぜひとも「私は初めて目にした」と訳したいところ。動名詞(ここでは「‘ike ‘ana」)*とともに用いられる所有のことばに、意味的には「~が」「~は」と訳すべき主語の役目があるからですが、間違って「旅人が」なんて訳してしまうと、なんだかひとごとみたいになってしまうので注意しましょう。
※『'Akaka Falls』の解説はこちら
http://hiroesogo.blog.fc2.com/blog-entry-279.html こんなふうにmeleを手がかりにハワイ語をたどってみると、教科書で学ぶ定型文にはない語り手の息づかいが感じられて、ことばって生き物なんだなぁ……なんてことをあらためて考えさせられます。教材としては難易度が高いですが、YouTubeのミニ講座同様、このメルマガでも、できるだけmeleのハワイ語を取り上げていきたいと思っています。
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http://hiroesogo.blog.fc2.com/ ※オキナ(声門閉鎖音)は「‘」、カハコー(長音記号)は伸ばす音の後ろに「*」をつけています。ハワイ語は、とりあえずローマ字読みすることが可能です。
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